挑戦し続けた20年
MICの未来を切り開いたキャリアストーリー
谷口 大輔 – セールス分野 取締役事業本部⻑
PROFILE
谷口 大輔
セールス分野 取締役事業本部⻑
2001年に⼊社以来、営業として百貨店や出版社、⼤⼿通信キャリアなどのクライアントを担当。2021年に取締役事業本部⻑に就任し、現在は新規サービス開発、顧客開拓・育成をメインとする事業運営を⾏っている。
家業・お笑い・海外⽣活
そして国内就職へ。
⾼校時代は普通にサッカー部に⼊って、普通に友達もいて、将来についてそこまで深くは考えてなかったな。⼤学時代は海外での⽣活に憧れていて、アルバイトと海外旅⾏に明け暮れていたよ。でも、⼤学3年⽣の時に⾃分の将来を考えるタイミングで、就職を考えるようになった。実家はパン屋をやっていたから、家業を継ぐという選択肢もあったけど、最終的に決めたのは国内就職。
…友⼈にお笑いの道に誘われたこともあったけど、そっちはあまり考えてなかったかな。笑
就職氷河期ということもあって、⼤⼩100社くらいの企業を受けて⾃分にあった会社を探していた。実家が⾃営業だったからか、⼤きい組織よりは⼩さくても⾃分の意志で働けるところが⾃分には合っているって気づいたんだ。多分⼈に従うのが苦⼿なんだろうな笑。1から10まで⾃分でやりたいタイプだったから縦割りの⼤企業は⾃分には合わないと思ったけど、じゃあ⼩さい組織で本当に成⻑できるか、⾃分の将来や⼈⽣を託せるかっていうとそれも難しい。だから規模は⼩さいけど、強いOnly oneを持った会社に⼊りたいと考えていた。その時⾒つけたのがMIC(当時:⽔上印刷)。社⻑が説明会に出てくる本気度や、⾃由で⾵通しの良い社⾵や、会社説明会を「アコースティックライブ」と謳うユニークさとか、全部が⾃分に合っていると思ったよ。だから他社から内定もいくつかもらっていたけど、最後はMIC⼀本に決めて⼊社した。
若⼿時代の苦労と苦悩。
⾃分で経験したことだけが
⾃分を変えられる
意気揚々と⼊社はしたけど、正直⼀年⽬から⼤変だったのを覚えている。今は残業も少ないけど、当時は労働時間も今より⻑かったり。ただ個⼈的に⼀番⾟かったのは、指⽰を受けて仕事をやらされることだった。昔は指⽰書も発注書も全部FAXだったから、⼀⽇中FAX機の前に張り付いていたり、何百ページの校正をやったり、今考えると信じられないような仕事が沢⼭あった。社会⼈としていち早く成⻑したいと思って⼊社したのに、最初は全然うまくいかなくて。だからこっそり転職活動もしていたよ。でも、その時思いとどまれたのは会社の仲間が引き留めてくれたからだった。仲間の⼤切さに触れたのはその時かな。その後も仕事で失敗してお客様から⼤クレームを貰ったこともあった。⾃分としては印刷物を納品するまでが仕事だと思っていたけど、納品した製品に⽋陥があった。⾃分の仕事は注⽂を受けて納品するまでだから、品質は⾃分の責任じゃないと思って⼯場のせいにしちゃったんだよね。そうしたらお客様を怒らせて⼤クレーム。
その時初めて、お客様が仕事で我々に求めていることや、仕事の本質とか⼤切さが分かったよ。当たり前だけど、苦労も失敗も経験したから気付けたことがいっぱいあると思っている。
順⾵満帆の裏で抱えた悩み。
そして⼈⽣で⼀番あつい2年半
色んな苦労も失敗もあったけれど、その後は営業としては順調だった。成果も出していたし、会社からも⾼く評価してもらっていたと思う。でも、⾃分のなかでずっと課題感はあった。成果には満⾜していたし、勿論努⼒もしていたけど、結局は運の要素もあるからね。ちゃんと狙って成果を出せるようにならないと今後は厳しいだろうという課題を感じて、もっと構造的に経営戦略やマーケティングについて学びたいと思っていた。丁度転機があったのは37歳の時にMBAに通った時。2年半ビジネススクールに通えることになって、ビジネスの体系を基礎から上流概念までみっちり学ぶことができた。実はこの頃、仕事でも新規のお客様先に常駐が決まったり、プライベートでも⼦供が⽣まれたり、⾊々重なっていた時期だったんだよね。超しんどい2年半だったけど、⼈⽣で⼀番あつい2年半だった。
MBAを取れたことで⾃分の中でも変わったことが2つある。
まず時間の使い⽅。以前はとにかく⼤きい仕事を取りに⾏くことが⾃分の仕事の価値だと思っていたんだけど、MBAで学ぶ中でどうやって仕組みで組織を動かせるかという⽅にシフトしていった。どうやって皆がパフォーマンスを出せる「仕組み」を作れるかに時間の使い⽅が変わっていったね。
もうひとつは考え方。その当時は、何かうまくいかない時に上司が悪い、部下が悪い、会社が悪いって何でも⼈のせいにしてた。今思うと、30代の焦りもあったんだと思う。周りの友⼈がのし上がっていくのと⽐べて⾃分が中途半端で物⾜りないような気がして。今ではうまくいかない時でも「組織としてこの課題を乗り越える為に、自分に出来ることは何だろう」と考えるようになった。それが⼀番の違いだと思う。
激動の30代、そして役員就任。
事業本部⻑として⾒据えるMICの未来
40代になって役員に就任してからの役割は、どんなに⼈が増えてもそこで働く⼈たちが最⼤限パフォーマンスを発揮できる環境をつくることだと思ってる。そのためにはモチベーションが大事。じゃあモチベーションを⾼く保つためには何が必要だろう。そう考えると、シンプルなことだけど毎⽇楽しく、毎⽇笑っていられる環境を作るということ。出来る限り笑いの絶えない職場にしたいな。
そして最終的にはMICで働く社員が⾃分の会社名を家族や友⼈に胸を張って⾔える未来を作りたいと思っている。知名度が全てじゃないけど、やっぱり社員が誇りを持てる会社にしたい。すでに印刷会社の域は超えているけど、もっと業界の垣根を超えた、例えば楽天さんのような毎年新しいサービスを作れるような会社になっていきたい。
この1、2年で本当に我々⾃⾝も⼤きく変わるし、世の中もコロナの前後で社会の変化が起こっている中で、チャンスもやれることも多いんじゃないかな。今まではお客さんが感じている課題に対して全⼒で向き合ってきたけど、今は⾃分たち⾃⾝が本当の社会課題みたいなものにアプローチできるようになってきたから。多分これから1、2年でかなり認知度はあがると思っている。
MICへの就職を考えている⼈たちへのメッセージ
ある意味ではMICって体育会系だと思うんです。部活って、キャプテンがいて、エースがいて、サブのメンバーがいて、サポートするマネージャーがいて、それぞれ役割も貢献の仕⽅も違うけど、試合に勝ったら皆で喜ぶ。例えばその過程にある悔しい思いや⾟い場⾯も皆で乗り越える。僕たちMICは苦労も喜びも皆で共有して皆で喜び合う、そういう会社です。そうやって活き活きとした⽣き⽅や充実した社会⼈⽣活を送りたい⼈には凄く向いていると思います。その仲間に加わることができたときにはきっとワクワクする⼈⽣になるんじゃないかな。まだまだ売上規模も成⻑過程だから、印刷業界TOP3に⼊るとか、全く別業種をどんどん展開するとか、そういうチャレンジをしたい⼈には⾯⽩い会社だと思います。
皆さんと⼀緒に働ける⽇を楽しみにしています。
もう印刷会社とは⾔わせない。
業界の垣根を超え、新しいことにどんどん挑戦していく。
会社を成⻑させ続けるチャレンジャーはMICとともに成⻑し続けている。